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人事を尽くさず天命を待つ

私の好きな小説作家のある作品に、面白い登場人物がいる。
職業は探偵であるにもかかわらず、自分からは何も動こうとはしない。とにかく、事態が変わるのを待つのみなのだ。
事務所にくる案件の半分は、何もしない間に勝手に解決し、後の半分は依頼主がおりるらしい。
まさに、「人事を尽くさず天命を待つ」

なぜ、このようなことを述べるのかというと、私の人生は「人事を尽くさず天命を待つ」のような気がしてならないからだ。

私は現在、ある同窓会の幹事長を任されている。毎年50人から100人規模で増えていく行事で、同窓会も一筋縄ではいかない。
そんな今年度の同窓会幹事長を務めるにあたり、私は正直、人事を尽くしていない。就職のかかった試験勉強を理由に動かず、それが終われば中国で日本語教師をすることになったと、後回し。
幹事である仲間には本当に申し訳ないが、ダメな長で有る事は日の目を見るより明らかである。
それでも、なんとかかんとか、形になってきて、今年も無事行えそうである。
仲間のおかげで。
こうやってみると、なんてどうしようもない人間だと自分に石を投げてやりたくなるが、もう一方でなんとかなるものだなぁと、しみじみしている。

人はよく、目の前の仕事に追われ、ああでもないこうでもない、と試行錯誤、もがき苦しむと思う。が、たまには流れに身をまかせ、なるがままにしてみる余裕を持つことも大事だと、思うのである。

中国での日本語教師をすることになったのも、そのために私はなにひとつ動いておらず、棚ぼた的天命を受けたのだ。


人生何があるかわからない。


ひとつ、注意しなければならないこと
わたしの経験によれば、人事を尽くさない場合、なんとかするのはいつも自分ではない「誰か」であり、他人なしには、本当にどうにもならない。

どんな事情があっても、人は一人では生きていけないことを、改めて痛感する。


うむ、今日はなんだが今までで一番長いかもしれない。
こんなわけのわからん文章を読んでくれた奇異な方は、いつか人事を尽くさないやつの「誰か」になるはず。
あなたはきっと好い人だ。
今日も明日もこれからも、ありがとうございます。